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霊山

(りょうぜん)

気軽に楽しめる登山、ハイキング、紅葉で自然と触れ合う

霊山は、福島県伊達市と相馬市の境に位置する標高825メートルの山です。国の名勝、日本百景、県立自然公園およびうつくしま百名山に指定されており、また南北朝時代の重要な城跡遺構として国の史跡にも指定されています。

自然の魅力

霊山は伊達市のシンボルでもあり、東北の秀峰として名高い山です。山中には整備された登山道があり、太平洋を望む大パノラマと気軽なトレッキングを楽しむことができます。春の新緑時期や、10月下旬から11月上旬にかけての紅葉は特におすすめです。登山家の岩崎元郎さんが新日本百名山の一座に選定するなど、標高825メートルの低山ながらも高い評価を得ています。

地形と展望

霊山は阿武隈高地の北部に位置する玄武岩の溶岩台地で、丘陵は起伏に富み、奇岩が連なる岩山です。名前のついた巨岩や眺めの良い展望所がたくさんあり、密教ならではの祈りの痕跡も多数残っています。特に「護摩壇(ごまだん)」は荒々しい岩壁にえぐられるようにして造られており、展望も良いです。吾妻山・安達太良山方面の絶景や、相馬市方面の眺めも素晴らしいです。

慈覚大師円仁が859年に開山

霊山は859年(貞観元年)に慈覚大師円仁によって開山されました。山の名も釈迦が修行したインドの霊鷲山にちなんで円仁によって名付けられたと伝わります。円仁が霊山寺を創建したことで、東北山岳仏教の聖地となりました。

北畠顕家の拠点 霊山城

南北朝時代には北畠顕家の拠点となり、1337年に顕家が西国に出陣した後、1347年に霊山城が落城したことで歴史の表舞台から姿を消しました。

登山できる山

現在は遊歩道がよく整備されており、弁天岩や天狗の相撲場、蟻の戸渡りなどの奇岩巡りが楽しめます。また、中通りと浜通りの境に位置する分水嶺の一端を成しており、西物見岩からは福島市街地や伊達郡、伊達市、東物見岩からは相馬市街地や相馬郡、太平洋まで望むことができます。

紅葉の名所

霊山は紅葉の名所としても知られており、毎年10月下旬から11月上旬には多くの登山客で賑わいます。

霊山城の歴史

南北朝時代の1337年(延元2年)、北畠顕家が霊山城を築き、義良親王(後の後村上天皇)を奉じて陸奥国の国府を置きました。これは奥羽地方における南朝方の一大拠点として機能しました。しかし、北朝方が優勢になるにつれ、霊山の南朝軍も追い詰められていき、1347年(正平2年)にはついに落城しました。以後、霊山が歴史の表舞台に現れることはありませんでした。

霊山山頂には円仁創建の天台宗寺院霊山寺が建立されて栄えていましたが、1337年に北畠顕家が陸奥太守義良親王を多賀国府から霊山に移し、山頂付近に「国司館」を設置しました。顕家らは伊達行朝・結城宗広ら奥羽地方の南朝勢力と連携しながら、親王を奉じて上洛を開始するまで拠点としました。その後も現地に残された南朝方将兵によって守備されていましたが、1347年に北朝方の奥州管領吉良貞家によって攻略され、その後も何度か攻防戦が行われたものの、応永年間には廃城となりました。

近代以降、何度か調査され、1980年(昭和55年)には大規模な発掘調査が行われました。その結果、建物の礎石跡などの遺構の他、宋銭や古瀬戸など当時の活動の痕跡が発掘されています。

文化財指定

1934年(昭和9年)5月1日、「霊山(りょうぜん)」として国の史跡および名勝に指定されました。史跡の指定区分は「都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡」であり、名勝としての指定区分は「岩石、洞穴」「山岳、丘陵、高原、平原、河川」「展望地点」です。

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霊山
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